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*蛍を捕まえろ

「……。…………は?」

 

 

話を聞いた後の、俺の第一声である。

麗らかな午後の光差す反赤の支配者勢力本部、通称MET。

その首領であるスモーク丸眼鏡の男ジョアン・ハッターは、まるで出来の悪い生徒でも見るような目で俺を見、再度繰り返した。

 

 

「ですから、舞踏会。各地の同志達を集め、開こうと思っていましてね。よって貴方にこうお願いしているわけです。『大蛍を十匹捕まえてきてください』」

 

「はああ??」

 

 

俺はまた間抜けな声を漏らす。

ジョアンが見下すような笑みを浮かべるが、そんなのお構いなしに尋ねた。

 

 

「何で舞踏会??」

 

 

ジョアンは紅茶をすすって、ゆるりと首を傾げた。

 

 

「先程、貴方がたは時計の部品がありそうな次の場所は何処かとお聞きになりましたね。私達が知りたいくらいですよ、ええ。……アッシュ、おかわりを」

 

 

金髪の少女がかいがいしくジョアンと俺のティーカップに紅茶を注ぐ中、俺は男に向かって鼻を鳴らした。

 

 

「はっ、成程な。舞踏会という名の情報交換会ってわけか。MET(此処)は情報の集まる場所……言い得て妙だ」

 

「理解が早くて助かります」

 

 

ジョアンはにっこりして、角砂糖をぽちゃんと紅茶の中に沈めた。

そのまま相手は、あのレコード盤の上にティーカップを置いて、スイッチを押す。

静かなクラシック音楽と共に、カップが回転した。

 

 

「まぁ、わざわざ御足労いただいて情報交換のみとなると、味気も何もありませんからねぇ。歌って踊って、美味しい料理をいただいて……というわけです。私達は客人をもてなす義務がありますので。貴方がたも、参加するのでしょう?」

 

 

器用にミルクを注ぐ男は、俺に向かってウインクする。

俺は顎に手をそえて、ふむと頷いた。

 

 

「有意義な会ではある、か。……悪くねぇ話だな」

 

 

と、此処で俺は先程の要求に立ち戻り、本日最大の疑問を口にした。

 

 

「で、何で蛍十匹が出てくんだよ?」

 

 

胡散臭げに見やると、ジョアンは酷く上機嫌に答えた。

 

 

「端的に言いますと、それはずばり『ドレスの材料だから!』でしょうね。舞踏会といえばドレス、ドレスといえば舞踏会、と両者は切っても切れない関係にありまして」

 

「回りくどい! つまり何が言いてぇんだテメェは!」

 

 

痺れを切らしてどやしつければ、ジョアンは紅茶を一口すすってにっこりした。

 

 

「セピリア様のドレスを作ろうと思いましてね」

 

 

俺は思わず、何もないところで滑った。

 

 

「はあ?」

 

 

曖昧な声を出すと、アシュリーがくすくす笑って言った。

 

 

「テオドア、セピリアちゃんはね、ドレスを一着も持っていないのですよ。舞踏会では、いつもあの兎の格好。私のドレスを着せようにも、すぐに逃げてしまうのです」

 

 

俺がアシュリーを見上げていると、ジョアンが彼女の言葉を引き継いだ。

 

 

「さすがのセピリア様も、ご友人が作ったドレスを無下にはしないでしょう」

 

 

俺は眉をひそめた。

 

 

「話は大体わかったが……其処で何故、俺なんだ。ジョアン、テメェもセピリアのご友人だろうが。テメェが作りゃ良いじゃねえかよ」

 

 

ジョアンは笑顔だ。

 

 

「私が作ったのでは、速攻で拒否されます♡」

 

「……そういやテメェ、セピリアに嫌われてたな…。日頃の行いの所為だろ、自戒しろよ」

 

 

俺は憐れみの目で相手を見やった。

この男は、いつもセピリアにだけ意地悪なのである。

その報いとしてセピリアの信用がガタ落ちるのは、至極当然のことだった。

 

俺は紅茶を口に含んだ後、アップルパイを咀嚼しながら言った。

 

 

「そもそもあいつ、ドレス好きじゃねえんだろ? 無理に着せる意味が何処にある」

 

 

がたん、とジョアンがテーブルに両手をついて立ち上がった。

これ以上ないくらい真剣な面持ちで、首領の男はこう叫んだ。

 

 

「だって、面白いじゃないですかッ!!!」

 

「ぶふぉッ!?」

 

 

あまりの理由に、勢い良くむせた。

アップルパイを喉に詰まらせて激しく咳き込む俺の背を、アシュリーが大慌てで叩いてくれる。

あわや窒息しかけて、口を押さえゲホゲホする俺に見向きもせず、ジョアンはフォーク片手に力説した。

 

 

「考えてもみてください! あのセピリア様が、ですよ!? 普段は刀を振り回し、魔法で敵をばったばったと薙ぎ払うあのお転婆なセピリア様が、可愛らしい、女性らしいドレスを着るわけですよ!? 恥ずかしがって赤面する様が目に浮かぶようです! 嗚呼、なんて面白いのでしょう! こちらもからかい甲斐があるというものです、ふふ…ふふふふふ」

 

 

俺はぜえぜえと酸素を貪りながら、涙目で首領の男を見て思う。

 

 

(性格わるッ……!)

 

 

こいつは悪魔だ。

否、魑魅魍魎だ。

今さらだが、こいつをご友人として持つあの白兎を不憫に思った。