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*紅い目の彼の場合

「トリック・オア・トリート! です」

 

 

私の元気な声が部屋に響いた。

今日は10月31日。

つまりハロウィンだ。

もともとハロウィンとはケルト民話のお祭りであるため、キリスト教とは関係がない(ネット情報抜粋)。

ましてや、香港に所在するこの会社さんには全くもって縁もゆかりもないのだけれど。

 

折角のイベントなので、挨拶がわりに言ってみた。

 

 

「ほれ」

 

 

灰色髪の男の人は資料から目を上げず、至極当然のように、ぽんとチョコレートを私の手に乗せた。

 

 

「ふぇ??」

 

 

よもや本当にお菓子をくれるとは思っていなかったので、私の口から間抜けな声が漏れた。

え、ちょっ…何できっちりかっちり用意してるんですかイーヴィルさん??

イーヴィルさんは資料に読み耽りながら口を開いた。

 

 

「何驚いてやがる。今日は子供の恰好の餌食にされる日だからな。菓子常備は当然だ。そうでなくてもさっき、麻桐に悪戯されかけたんだから」

 

 

あ、なるほど。

如何やら彼は、このような事態を想定していたらしい。

私の心を読み切っている男の人は、ぺらりと資料をめくった。

忙しそうだ。

 

邪魔しちゃ悪いので、私は早々に退散することにした。

 

 

「あの、お菓子ありがとうございましたっ!」

 

 

ぺこんと頭を下げてにっこりすると、相手は初めて手元の紙から顔を上げ、思案するように私を眺め回した。

私はきょとんとする。

 

 

「どぉしました??」

 

 

顎に手を添えて考え込むように私の顔を見上げていた彼は、不意にこう言った。

 

 

「ラビ、トリック・オア・トリートだ」

 

「はいぃッ!?」

 

 

急なことで素っ頓狂な声を出してしまった。

イーヴィルさんは涼しい顔だ。

 

 

「自分だけもらって終わる日でもねぇだろうが。……まさか、もらう予定しかなかったのか?」

 

「えっ、あっ、その」

 

 

私は大慌てでポケットをごそごそした。が、何も入っていないのは明らかだ。

いつもなら飴くらい入っているのに、如何してよりにもよってこんな時にないのだろう。

そんな私を見つめるイーヴィルさんは、何処となく可笑しそうだった。

 

 

「…持ってないようだな、ラビエール??」

 

 

にじり寄る優しげな声に、私はダラダラと冷や汗を流した。

引き攣った笑みを浮かべる。

 

 

「いや、そのッ! へ、部屋にはちゃんと飴があるんですよ!?」

 

「ほう?」

 

「ちょ…! イーヴィルさん!? ……えっと、えっと…あ! チョコレートならありますよ! えへ」

 

「それは俺が渡した奴だろ。返品不可だぞラビエール」

 

 

呆れたように言った後、イーヴィルさんは確信を持って宣言した。

 

 

「……悪戯、だな」

 

 

 

紅い目の彼の場合

(私をからかうイーヴィルさんは、何だか凄く楽しげでした)