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*オレは遅い朝食を摂っていた。

オレの目の前のテーブルにはトースト、目玉焼き、ベーコン、そして

 

 

「ぐう~」

 

「ん、ベーコン食いたいの?」

 

「ぐうう~」

 

 

オレの言葉に、相手は目を輝かせる。

手からはぐはぐとベーコンを貪る龍を眺めていると声がした。

 

 

「オイ」

 

 

幾分、不満そうだった。

振り返らずに答える。

 

 

「何スか、師匠?」

 

「なぜ俺の家に龍がいる?」

 

 

バキッと後ろで音がした。

たぶん、師匠の握力に耐えられなかった羽ペンが折れた音だろう。

後で買いに行かなきゃな……。

オレは残りのベーコンを飲み込みながら、龍を指差した。

 

 

「仕方ないじゃないですか。だって、本部に引き渡そうとしたらコイツ、めちゃくちゃに暴れるんですもん。本部長が言うには、『ミーティア君を親だと思ってるんだねぇ~☆』だとか。……ん、目玉焼き食いたいの?」

 

「ぐうう~」

 

「やめとけよ、それ共食いになるだろ。昨日までおまえ、卵だったんだから」

 

 

オレの言葉に龍は恨めしげに目玉焼きを睨み付けた。

昨日、オレ達は無事に……とは言えないが、兎に角仕事を完遂した。

その後、卵殻を受け取った麻桐さんは早々に挨拶を済ませ、去っていった。

たぶん、人形を捕まえるつもりなんだろう。

 

オレ達は龍を本部へ届けに行ったのだが、龍は本部から帰ろうとするオレを追い掛けてきた。

そのため、オレは再度本部に戻る羽目になったのだが、これがいけなかった。

本部での小火騒ぎを思い出し、溜め息をつく。

……結局、こうして龍を連れて帰ったんだけど。

 

龍はオレの目を盗んで、はぐはぐと目玉焼きを食べ始めた。

其処ら中に食べかすを散らす生きものを見て、師匠は報告書を右から左にながしながら言った。

 

 

「ルーナ、今すぐその生物を黙らせろ」

 

 

オレは非難の目をした。

 

 

「師匠、まだ子供なんですから優しい心を持ちましょうよ。ほら、こんなに可愛いじゃないですか」

 

 

龍を持ち上げてみせれば、そいつはくしゃみをした。

ボッという音。

師匠が書き終えた報告書に、橙色の炎が移った。

 

 

「氷結せよ」

 

 

師匠のひと睨みで炎が消えた。

しかし、報告書の端っこが焦げている。

師匠は音を立てて、黒い煤を払った。

 

 

「一体、ど、こ、が、可愛いんだ! あ!? その害獣の何処が!」

 

 

オレは龍を抱えたまま、師匠の机の前まで駆けていく。

 

 

「師匠! 飼いましょうよッ! ね!?」

 

 

師匠は鬱陶しそうだった。

 

 

「今すぐ元の場所に戻してこい!」

 

「ちゃんとオレが面倒見ますからあ!」

 

「ぐうう~!」

 

「貴様、3日でサボるだろうが」

 

「サボりません! 絶対サボりませんー! 飼いましょうよーッ! ねー!」

 

「ぐうう~!」

 

「煩ぇ黙れ、却下だ!」

 

 

これではペットのことでもめる親子だ。

オレ達が言う合間に龍までぐうぐう言うものだから、その煩さは半端ない。

むううっと黙った後、静かに龍を眺めて訴えた。

 

 

「誰もいないんですよ…? 親も友達も。呼びたい人の名前も知らない」

 

「……」

 

 

師匠は聞いているのか聞いていないのか、乱暴に資料を引っ掴む。

オレは龍の鱗がざわざわと動くのを見て呟いた。

 

 

「誰もいないんです」

 

 

昔のオレと同じに。

 

龍は何もわからないようにぐうぐう言いながら、オレの頭によじ登っていく。

師匠は聞いているのか聞いていないのか、するすると手元の資料を丸めて、そして振り上げた。

 

すぱーんっ すぱーんっ

 

 

「あだッ!」

 

「ぐうッ!」

 

 

オレと龍が被害を受けた。

師匠は資料片手に、目を光らせて言う。

 

 

「さっきから独り言うるせーんだよ馬鹿共がッ!」

 

 

如何やら聞いてはいたらしい。

師匠の怒声に、痛む額を押さえながら言った。

 

 

「いやいやいや独り言じゃないですから! 師匠に向かって言ってたんスからッ! オレを独り言体質みたいに言わないでくださいよ! ていうかむしろちゃんとオレの話聞いてくださいまじで!!」

 

「騒ぐな! 仕事進まねぇんだよ!」

 

 

すぱぁんっ

 

ひとつ余計にまた叩かれた。

ひどい。

よろけながら机を離れると、師匠は魔本を引っ掴んで投げる姿勢になりながら言った。

 

 

「外出て少しは働け! 羽ペンとインクと羊皮紙と水と食糧と牛乳と鶏頭買ってこいッ! 当分帰ってくんな動物共!!!」

 

 

重たい本が数冊飛んできたので、オレと龍は悲鳴をあげながら玄関へ逃げた。

というか、追い出された。

 

 

「そんないっぱい覚えられるわけないっしょ……」

 

 

玄関でオレはそう呟いて乱れた息を整える。

ああ怖。

つまり、おつかいへ行けってことだよな。

…えっと、羽ペンとインクと……。

指折り数えながら師匠の言葉を反復し、首を傾げた。

あれ、食糧までは良いとして、牛乳と鶏頭って何だ??

普段はそんなものを買いに行けだなんて、師匠は言わない。

 

 

「それって…」

 

 

ずずずと目線を上げると、オレの頭の上で身繕いをしていた龍が不思議そうにこちらを見て鳴いた。

 

 

「ぐう~」

 

 

明らかにコイツの餌だよな?

つまり言い換えるなら。

 

 

「飼っても良い、ってことだよな?」

 

 

オレの言葉なんかわからない癖に、龍は犬のように尻尾を振った。

龍がまた鳴く。

 

 

「ぐう~」

 

 

自分の頬が緩むのがわかった。

当分帰ってくんなと言われたから、コイツに街を散歩がてら紹介するのも悪くないだろう。

そんなことを思いながら、ちらと部屋の入り口を見る。

今頃、静かになった部屋で、師匠は仕事が面倒臭いと言いながらも片付けてるんだろう。

何だか、ちょっと笑えた。

素直じゃないよな、師匠は。

 

扉に手を掛けながら、オレは龍に笑いかけた。

 

 

「おまえの名前、考えなきゃな」

 

 

師匠がオレに名前をくれたように。

コイツにも教えてやらなくてはならない。

ものにはそれぞれ名前があること、机に土足で上がったら叱られること。

……世界は悪いことばかりじゃないってこと。

 

あ、と呟いた。

 

 

「帰りに、師匠に何か美味しいものでも買ってこう」

 

 

たぶん、その頃にはあの鬼のような量の仕事も終わって、お腹も減るだろうから。

開け放った扉の向こうは光で包まれていた。

今日の幻界はとても良い天気だ。

四角い枠に切り取られた白い世界へ、オレと龍は飛び出した。