と、此処でロキはにんまりする。
「ああ、きーちゃんなら許しますよ私」
「俺は駄目で、紀一は良いのかロキ」
「だって、きーちゃんは幾ら飲んでも酔いませんもの」
紀一は苦笑した。
「いやいや、おれだって酔うよ、ロキちゃん。この前こいつと飲んで、足に来た時はやばかったね」
「紀一、お前、あれで酔払っていたのか?」
紫香楽は、2本足でしっかと立って店の男と議論を飛ばし合っていた紀一を思い出して呆れる。
この紀一という男、世で言う『底無し』という奴なのかもしれない。
紀一と別れ、帰路についたふたりを夕闇が包み込んだ。
「ふぃー。空が綺麗だのぉロキぃ」
「もう、……少しは酔払う前にやめてくださいよねシガラキ。結局これなんですから」
駄目駄目な酔っ払いを肩で支えて歩かせる少女は、溜め息をついた。
紫香楽は肩を竦めて言う。
「酒は百薬の長という」
「過ぎたるは及ばざるが如しと言います」
「あーいえばこーいう」
「屁理屈も理屈のうちと言います」
「ぶはっ! 何だそりゃ」
くつくつと笑い出す紫香楽に、ロキもふふと目を細めかけた時だった。
不意に、彼女の瞳孔がきゅっと開いた。
「善」
歩きながら、ロキの口からそんな一言が漏れた。
紫香楽の顔から一気に笑みが消失する。
辺りに神経を研ぎ澄ませた後、紫香楽はロキにひそりと囁いた。
「……如何した」
彼女は、滅多に紫香楽の名を呼ばない。
その理由は多々あったが、それでなお呼ぶのだから、何かないわけがないのだ。
静かに、何食わぬ顔のまま、ふたりは歩く。
「つけられています」
前を見つめたまま、少女は言った。
「大通りを曲がった辺りからずっと、ですね」
紫香楽はロキの肩に腕を預けたまま、ふむと言った。
「何人だ?」
「恐らく6人程でしょう。後ろにふたり、側面にそれぞれふたり、といったところ」
「俺、何かやったっけ?」
「いえ、この場合、私に御用でしょうね。ねぇシガラキ」
「何だいロキ」
「ひとりで帰れますか」
彼女の言葉に、男は驚いた顔をした。
「………あ??」
苛々とロキは言い直す。
「ですから……貴方はひとりで帰れますかと聞いているのです。私が話をつけておきますから、先に帰って梅干し湯でも飲んで休んでてください。それほど酔っていないじゃないですか貴方は』
「まじで言ってんのロキ?」
ぽかんとしていた紫香楽は、唐突にげらげらと笑い出した。
「こりゃ傑作だわ」
「これシガラキ。笑うなんて失礼ですよ。可笑しいことが何処にあると言うのです?」
「あはは、少女に守られちゃ世話ねーわ。……なぁ俺、ひとりじゃ歩けねぇっての」
「あのですねシガラキ……子供ですか貴方は。良い子にお家へ帰っていてください」
「足が利かねぇんだよロキ。おまいさんがいないと如何にもこうにも駄目でね。いやぁ、参った参った」
すぅと紫香楽は足を止めた。
「なぁ、つけられてっと気分悪いんだよ、後ろの」
闇から音もなく人影が出た。
少女は呆れたようにむすりと膨れる。
「自分から呼んでしまうんですもの。世話はないですね、囲まれてしまいました」
輪を描くように、影共が幾つも幾つも動いている。
まるでこちらの隙を窺う狼のようだ。
男はにやりとして小柄な少女の肩から腕を外した。
しっかりと、しかし怠そうにその2本の足で立つ。
「まあまあ、そう言うな。面白くなってきたじゃねえかィ」
少女もまた、紫香楽と背中合わせになって小首を傾げてみせた。
「嗚呼、やはり酔っていない。私が貴方を支えてきた意味は何処に??」
「スキンシップ? とか?」
「エロおやじ。訴えますよ」
「きっつー……」
紫香楽が苦笑した直後、影の輪が崩れ、闇の中で月光を反射した刃が煌めいた。
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