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*オレはこの木が好きだった。

木漏れ日揺れる午後にその根元へもたれ掛かれば、仄かな甘い香りが鼻をくすぐる。

 

こうして木陰でぼーっとするのが、この季節の至福と言えよう。

普通、こういう時は読書だとかその他諸々する人も多いのだろうが、残念なことに、オレは猫だから本というものが読めないのだ。

悲しきかな、今までまともに読んだものと言えば絵本くらいなものだろう、うん。

 

この木、『キンモクセイ』はオレが現世から数年前に持ってきたものだった。

 

 

 

 

「ルーナ、俺が帰ってくるまで大人しくしていろ」

 

「はぁーい」

 

「其処ら辺のものに触るな弄るな捨てるな」

 

「はい」

 

「外に出るのは庭までだ」

 

「…はい」

 

「悪戯しない」

 

「……」

 

「どれかひとつでも破ったら晩飯抜き! 以上だ」

 

 

ほぼ絶句する(当時7歳の)オレはさて置き、師匠はひと纏めにした書類を蹴った。

 

 

「本部まで飛べ。燃やされたいのか?」

 

 

普通の、本当にごくごく普通の人が聞かなくても、この人を変人かはたまた奇人扱いするに違いない。

だが、この人は紛れもなくオレの師匠である。

そして、師匠はものを何でも思い通りにする。

……ていうか『させる』。

そんな馬鹿な、と思うだろうが、書類はまるで怯えたようにびくりと身を引いて浮き上がり、窓枠を越えて見えなくなった。

 

所謂、風魔術の応用なわけで。

 

オレは幼いながらに複雑な面持ちでこう言った。

 

 

「ししょう、魔術のランヨウはいけないって、本部長のお兄ちゃんが言ってた」

 

 

赤髪のうら若き本部長が、確かにそう言っていたのだ。

師匠は眉根を寄せた。

 

 

「……貴様、日頃の教育が行き届き過ぎているようだな。こんなちっぽけな魔法で捕まるものか」

 

 

重さ3キロの書類を本部の窓口まで浮遊させることの何処がちっぽけな魔法なのか、オレにはサッパリわからない。

 

 

- * - * - *

最近書いた創作短編の冒頭。

 

もう寝ます。

おやすみなさい!